付けるのだ
「三太親分が叱られる」
新平が心配顔で悄気(しょげ)かえっているが、政吉は亥之吉の性分は分かっている。
「怒ったり、どついたり出来る亥之吉兄ぃやないわ、きっと泣いて謝りよる」
経念寺は、住職の亮啓和尚(りょうけいおしょう)が応対してくれた。
「三太、出てきなさい、旦那様のお迎えですよ」
三太が、決まり悪そうに出てきて、和尚の後ろに隠れた。
「若旦那が喋ったな」
「いや、新平を脅してやったら、あっさり吐いた」
「あいつ、正直者やからな」
亮啓和尚は、三太に礼をいった。
「久しぶりに新三郎さんに会えて、和尚、嬉しかったです」
亥之吉は、政吉の言う通り、怒りもどつきもせず、「わしが悪かった」と、三太に詫びた。二人連れだって帰り道、桶屋に寄って三太の紛失した天秤棒の代わりになる、三太の背丈に合った水桶用の天秤棒が有ったので買った。手に持つと、ずっしりとして樫の木の匂いが快かった。
日本橋から中山道にとり、板橋に行く街道から横道に逸れて二町ばかり入ったところに、朽ち果てた空き家があった。男は下見をしておいたのであろうこの家に、三太を連れ込んだ。
「えーっ、わいをこの柱に、縛りすか?」
「そうだ、計画通りなら、福島屋の女将を縛り上げるつもりだった」
「この家、今にも倒れそうやないか」
「お前が暴れると、柱が腐っておるから倒れるぞ」
「そんなー、殺生や」
「お前にも亥之吉にも恨みはないが、渡世の義理で亥之吉を斬らねばならんのだ」
「一宿一飯の恩義だすか?」
「最初はそうだった、わしは半かぶちながら、もうすぐ貸元の盃を受けるところだ」
「わいは福島屋の小僧、三太だすが、おっさんは?」
「わしは、木曽の松蔵だ、おっさんと呼ばれるのは嬉しいが、まだ十八歳なのだぞ」
強がっているが、何やら心配事がある様子だ。
「わしの誤算と言えば誤算なのだが、亥之吉は佐久の三吾郎と一緒なのだ」
三吾郎が一宿一飯の恩義を忘れていなければ、松蔵の味方になってくれるだろうが、そうでなければ松蔵はここで斬られるのは間違いない。それを恐れて逃げ帰ったところで、おめおめと一家の敷居を跨ぐわけにはいかない。考えてみれば、三吾郎に亥之吉を殺る気があれば、旅籠で寝首を掻いているに違いない。
「やはり、ここがわしの墓場になるようだ」
三太は、松蔵の悄気げた顔を見て「ぷっ」と、吹き出した。
「何が可笑しい」
「亥之吉旦那は堅気の商人(あきんど)だす、一宿一飯の恩義で堅気を斬って、男の株が上るのだすか?」
「そうだな」
こいつ、素直で根は善い男らしい。
「ところで、亥之吉旦那はいつここを通るのだすか?」
「わからん、わしは夜も眠らずに先回りしてきたが、あいつは寄り道ばかりしておる」
「そうでっしゃろ、明日になるか、明後日か分からへん」
「うん」
「こんな物騒なところで夜を迎えたら、お化けが出るかも知れんし、腹も減ってきた」
「何か食べ物でも買ってくるか」
「それより、一緒に日本橋へ戻って何か食べようやおまへんか」
「お前、逃げる気だな」
「いいや、逃げまへん」
「ほんとうか?」
「嘘はつきまへん、安心しておくれやす」
三太の言葉をあっさりと信じた松蔵は、縄を解き二人して日本橋へ向かった。
「なあ、わいの天秤棒はどこSCOTT 咖啡機開箱へ捨てたんや?」
「覚えていない」
「もー、あれはわいの魂やで」
「ただの肥担桶用の天秤棒だろ」
「あほ、違うわい、旦那さんがわいの背丈に合わせて誂えたくれたものや」
探しながら戻って来たが、見つけることは出来なかった。
「折角手に馴染んでいたのに、どないしてくれるのや」
「わかった、わかった、そこらの藪で竹を切ってやる」
「そんなもん、要らんわい」
三太は、ぶつくさ言いながら、日本橋に着いた。見つけた一膳飯屋で腹ごしらえをして、朽ち果てた空き家に戻ろうと言うことになったが、三太が突拍子もないことを言い出した。福島屋へ行こうと言うのだ。これから殺ろうという男の店優思明に行けば、役人に訴えられてお縄になるのは見え透いている。
「三太、お前はわしを騙そうと言うのか?」
「いいや騙さん、店で旦那さんの帰りを待てば、ふかふかの布団で眠れるやないか」
「空き家では、お化けが怖いのか?」
「うん」
空き家に亥之吉を誘い込んでも、結局、斬られ優思明るのは自分だろうと松蔵は考えた。
「よし、行こう」
破れかぶれになっているのか、三太を信用しきっているのか、松蔵は三太に従うことにした。
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